美しいものを知っている

 


先日、あるセミナーを受けた

その中で講師がこのようなことを言っていた

「美しいものを創り出せる人は

何が美しいのかを知っている

突然美しいものを創り出せるわけではなく

頭の中にこういうものが美しいという認識があり

それを形にすることができる

そういうものが芸術で

そこに感動がある」

本当にその通りだと思う

私はこの言葉に心から感動した


何かを習得したくて

技術を追求しているうちに

それは何のためか

その根本にあるのは何なのかを

つい忘れてしまうときがある


例えば私なら美学

美しい手つき、仕草、間の取り方

テクニックを追求しているときに

ついその動作ばかりに注力してしまうのだが

それは美しさを表現するため

美学を体現することが根底にあることを

忘れてはならない


そしてやはり何が美しいかを

自分なりに頭の中に描いて常に意識していないと

そこに魂は込められないのだと思う


そういえば思い出したことがある

私はちょうどコロナ自粛が始まった

約一年ほど前に

自分でひっそりと書いていた日記に

こう書いていた

「私は芸術的に生きたい」と


閉塞感の中で自分の人生は果たして

このままで良いのだろうかと

思い悩んでいた

そんなとき本当は自分はどう生きたいか

そう自問したときに出てきた一つの答えだった


その頃は具体的にどうすれば良いか分からず

ただただ思うがままに

美しい音楽を聴き、美しい絵や写真を眺め

動画で観られる舞台やコンサートの映像を観て

触れられる芸術を栄養源のように

取り入れていた

それを求めていたからだと思う


美しいものに触れているとき

私が一番私らしく心地よく安心していられる

そういう気がしていた


私には秀でた能力も経済力も語学力も

何もないので

自分に自信がないのは以前にも綴っているが

でも一つ言えるとすれば

美しいものを純粋に好きである気持ちは

きっと一途なのだと思う


自分の中にはこういうものが美しい

というものはきっとあって

それをコンサルティングを通じて

具体的に表現できるようにしていくことが

今の私の課題だと思う


そう、きっと私が一年前に望んでいたことは

いつか叶えられるような気がしている

まだまだ遠い道のりだけれど

美しいものをきっと私は知っている

だからそれを表現できるように

努力を続けていく



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