美しいカップル

 



私は美しい女性が好きだけれど

美しい男性も好きだ

もっと言うなら美しいカップルも好きだ


日本はカップルの文化ではないから

男女一緒という感覚が海外ほどないけれど

やはり美しい女性の横に美しい男性がいると

それだけで絵になると思う


やはり釣り合っているカップルは

お互いがお互いを引き立てていると思う

いつも男と女である、という意識を

お互いが持つことが美しさにも繋がると思う


私は幼い頃から

「お父さん」「お母さん」と子供の前で

夫婦が呼び合う姿に抵抗があった

自分は絶対にそうなりたくないと

幼心に思っていた


父、母、はあくまで子供から見た呼び方

夫婦は夫であり妻なのだ

ここが男女ということを忘れてしまう

一つのポイントがあるようにも思う


いつまでも妻が美しくあるには

夫が妻を女性として扱うこと

そのために妻は女性である意識を

いつも忘れてはならない

もちろん逆も然り


これは夫婦に限ったことではなく

パートナーや恋人でも一緒

やはり自分の性を意識することは

美しくあるために大切なことだと思う


自分が美しくなれば

そのエネルギーが伝染し

相手も美しくなるはずだ


本当に美しいカップルは

エネルギーが高く輝いている


ときには自分のパートナーを意識して

或いは素敵だなと思う人を想像して

自分の女性としての美しさの意識を

高めてみてほしい

きっとエネルギーも高まるはずである



2021年6月5日「美しいカップル」より



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Today’s BGM 

Debussy / Clair de lune



官能美を身につけるために

 



官能美とセクシーは違う

官能美にはエネルギーがあると知った

男性の性と女性の性の融合なのだ


そしてコンサルティングで指定された

動画を見ている

ここから官能美を徹底的に

入れなくてはならない

と言われても、まだ私には

理解できていないところがあり

自分の言葉で綴ることは難しい


私は今まで、美に関しても

どちらかと言うとエレガントである

ということに関心があり

自分の価値観もそこだったので

官能美に関しては、本当に未知で無知


だから官能美コースは新たな挑戦だ

これを終えたとき、また一つ変わる自分を

それも女性として魅力的に変われることを

期待してみたいと思う


日本基準ではなく世界基準で

生きる女性として美しくありたい


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Today’s BGM 

Chopin / Piano Sonata No.2

声の哲学で演説を

 


街頭演説をしている女性を見かけた

残念ながら、発している言葉は聞こえず

立ち止まって聞いている人はいない様子だった

何となく、惹きつけられるという雰囲気ではなく

こう言っては失礼だが、仕方ないのかな

という印象も受けた


やはり声と印象は、このような場面で

非常に大切だ


まずは通る声

そこには聞いてもらいたい、届けたい

と言う想い、情熱があるはずだ

もちろん、そのための発声のテクニックも必要

リズムや強弱を入れて、相手を惹きつける

話し方をすることでその想いは形になる


そして姿勢や視線の配り方、体の使い方も

相手を引き込むテクニックだ

魅力的に映らないと、人は立ち止まって

聞こうとはしないだろう


そして更には、声を軸にした

美しい世界観を創り上げることが出来れば

ずっと印象に残る人になるのではないだろうか


もちろん、話の中身も重要だが

まずは聞いてもらわないことには

覚えてもらわないことには

そこまで進めないのだ


ぜひ声の哲学を使ってほしい

そうすれば一人とは言わず

何人もの人が足を止めて

話を聞いてもらえるのではないだろうか

と、お節介なことを感じながら

私もまた、足早に前を通り過ぎてしまった


声の哲学は仕事の場面でも

多く使えるはずだ

ぜひこのテクニックを知って

より美しさが開花する方が増えることを

願い、私もコーチになれるよう

頑張って取り組んでいきたい


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Today’s BGM 

Prokofiev / Piano Concerto No.3


思い込みを変える

 



思い込みを変えることは難しい

けれど出来ないことはない

思い込みを変えることで

人生は変えられる


例えばハイヒールのない人生はありえない

こんな思い込み、恐らく以前は無かった

けれど今は本当にそうだと思って生きているし

だから例えば新しい靴を買いたいと思って

色々な靴を見ていても、もはやハイヒール以外の

靴は後で思い返しても殆ど覚えていない

見ていても、いわゆる目に入っていないのだ


美しくなりたいと思うと

美しい人ばかり目に飛び込んでくる

メイクの仕方から、身につけているアクセサリーまで

後で思い返してもよく覚えている


だから、望みたいものは

思い込む必要がある

出来なくても何回も、何十回も、何百回も


これは私自身に言い聞かせている

潜在意識との葛藤中なのだ

でも、負けない

今までの思い込みに

これから叶えたい思い込みが

必ず勝ってみせる、という

強い思いを持って


誰だって出来る

途中で諦めるから到達しない

到達するまでやり続ける

何事もそう

継続すれば必ず叶うと信じて


思い込みを変えてみせる


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Today’s BGM

Schubert / Symphony No.4 “Tragic”


芸術とともにある人生

 


秋は芸術が恋しくなる

今年は昨年よりも少しずつ

催しも戻ってきており

展覧会やコンサートへ

足を運びたいと思っている


やはり芸術に触れることは

心の栄養になる

そして芸術とは人の生き様だと

以前より強く感じる

芸術は想像だし創造である

だからそこに人が必ず介入する

人のエネルギーの表れが

芸術には存在する

芸術に触れることで

生をそして死を

実感するのかもしれない


私は以前引きこもっていた時期があった

社会に出ることが出来なかった

そのときに心の支えになっていたのは

やはり芸術だった

本を読み、音楽に触れ、美術館には足を運んだ

そうして私は心の健康を取り戻した

カウンセリングにも通っていたけれど

でもそれ以上に芸術に触れることが

私を健康に戻してくれた


そんなこともあってか

私が強く芸術に触れたくなるときは

やはり少し心が弱っている

ときなのかもしれない


でもそれで構わない

強く美しく表舞台で輝くような

そんなキラキラした世界も好きだが

深く混沌とした

それでいて美を追い求めるような

目に見えない世界を感じるのも好きだ


そして一流の芸術に触れることは

インスピレーションを与えてくれる

絵画も音楽も舞台も美食もファッションも

やはりこの世界には絶対に必要なもの


そして美しさの哲学、ハイヒールの哲学は

紛れもない芸術のエスプリが宿る


芸術とともに生きていきたい

改めて思う


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Today’s BGM

Brahms / Piano Quartet No.2


無になる時間

 


何も考えない、とは本当に難しく

常に何かしら考えてしまっている

頭の中はいつもおしゃべり状態

実際はそんなにおしゃべりな方ではないが

本当はかなりおしゃべりなのではないか、と

思ってしまう


だが、意図的に思考を止めて

無になる時間は本当に大切

それは健康の為にも良いはずだ


最近、やることではなく

やらないことを決めた方が良いと

感じている


いつもやることに追われていたり

時間を気にする生活は

本当に健康にも良くない

頭の中は常に思考でいっぱい

だが、それでは本当にやりたいことや

望みも分からなくなってしまう


私はついつい睡眠時間を削ってしまうが

これを改めて見直し

やらないことを決めて

休む時間を作り

自分の心と体を最優先にしたいと思う


この体を持って生まれてきた以上

命尽きる日までは

なるべく健康に、そして美しくいたい


時間の余裕、そして心の余裕

呼吸だけに意識を向けて

何も考えない時間、リラックスする時間を

持つよう改めて心がけたい


常識を疑う



本日は、2021年4月15日に綴った内容である


最近、「常識」と言われているものを

疑うようにしている

「それ、常識だから」と

一言に片づけられてしまうことが

日常にはあるけれど

でも、本当に常識なのだろうか

そもそも、常識って何なのだろうか

誰が決めたのだろうか

一旦、疑って考えてみることは

大切である


こんなに情報が溢れていて

ネットを見れば有る事無い事

一つの物事に対して

対立する情報が自分が正しいとばかりに

主張をし

見始めたらキリがない


昨日までは想像もしなかったことが

平気で起こり

今までの価値観や慣習では

通用しないことが

もはや世界中で起こっている


常識を平気で信じて

考えもせず行動していては

もうこれからの世界では

生きていけないのだと思う


少なくとも

日本で通用している常識は

もう常識ではない


だからこそ

自分軸を持って

自分の基準で

判断していかなくてはいけない


その為にブレない自分軸を造る

心も体もブレない自分を造り

どんなことが起きようとも

柔軟に、飲み込まれずに

対処していきたい


ハイヒールの哲学と美学を両手に持って

これからの風の時代の勢いに乗って

宇宙を味方にして

自分が信じられる人々

愛する人々と共に

生きていきたい

改めて思った


意識すること、継続すること

 


意図してデコルテを開くこと

肩甲骨を寄せることを意識している

そうで無いと、本当に肩が入ってしまうし

背中も丸まってしまい、頭も前に行ってしまう


私たちは思っている以上に頭のポジション

背中の状態が正しい位置に無い

PCやスマートフォンの影響が大きいけれど

気付いたら、頭が前に来ていないか

肩が入ってしまっていないか、必ず自分の姿勢を

気にしないと、体にはとんでもない負担になってしまっている


先日、ぱっと横並びに座っている隣の方々を見たところ

揃いに揃って全員、頭が完全に前に来て

背中が丸まっていて、びっくりした


人の振り見て我が振り直せ


私は自分のことだと思い、すぐに姿勢を直したが

気を抜いたらそうなってしまっているのかも

しれないと思い、ゾッとした


頭は体重の約10%あるので、正しい位置にないと

それを支える背骨、筋肉に負担となり

首、肩、腰と全身に影響があるのは言うまでもない


ハイヒールにおいても、もちろん頭の位置はとても重要

前に来てしまうと背中が丸まり、腹筋に力が入らない

逆にそれを直そうと意図して後ろへプッシュし

そのまま背中も一緒に反ってしまうと

腰痛の原因となってしまう


頭と背中、きちんと切り分けて正しい位置に

持っていかないといけない

レッスンではその訓練も何回も何回も行う

そうすることで体に覚えさせていくしかないのである

意識して続ける、繰り返す

それこそが一番の近道


諦めるのではなく

悪い状態に戻ってしまっても

またそこから意識を入れ直せば良い

最近は全てのことにおいて、そのように考えるようにしている


出来ないときがあっても

またそこから意識を入れ直して行う

ハイヒールも望む人生も

そして継続すること


改めてこのことを忘れないようにしたい


私の結婚観

 


私は独身だ

誤解を恐れずに言うが、私は特に結婚したいとも思わないし

一生独身でも構わない

それは、結婚したいと思えばもちろんそれも良いし

その形に拘りは無い

この国は、なぜか結婚(入籍)するべきという価値観が

未だに優勢のようだが

それこそ事実婚でも法律婚と何ら幸せの在り方に

優劣はないと思うし

子供にしても、実子だけでなく養子ももっと広く

認識されれば良いのにと心から思う


離婚にしても、「バツ」という言い方は

なんてお粗末なのだろう、と昔から疑問に思えてならない

枠に囚われすぎていることに残念だとも感じる


実は、私の両親はあまり仲が良いとは思えない夫婦だった

だから、幼い頃はいつ離婚するのだろう

という不安ばかり抱えていて

以前はそれが多少なりとも私の結婚に対する

足枷になっていたのは事実だろう


けれど、今は様々なことを乗り越えて

良い夫婦だと映るし、両親の影響が

私の結婚を遅らせているとは微塵も思えない


申し訳ないが、日本の男性陣は正直魅力に欠ける人が多い

お付き合いするなら結婚するべし、と思っているし

収入が無いと幸せにできない、と思っている人が

かなり多いようだ


そんなことより、全力で相手に向き合い

愛してください、と言ってあげたい

そしてお互いが高めあえる関係が

幸せな人生だと私は思う


理想の人が欲しいのなら

自分がそれに見合う人間になるべし

そう思っている


だからやはり相手に依存するのではなく

自立し、自分で自分を幸せにできるくらいの

余裕と自信を持つべきだと思う


そういう私もこういう考えは最近になって

ようやく人に言えるくらい確立されてきた

自分の自立や自信にハイヒールや美学は

大いに役立っていると感じる


そして女性の皆さんも

相手に依存するのではなく

収入ばかり求めるのでもなく

自身の年齢や周りの声に振り回されずに

もっと自分の本当の内なる声に

耳を傾けてみてほしいと思う


本当の自分の好きなこと、幸せ

人生のあり方に向き合ってみてほしい


そしてそんな自分に向き合うときに

ハイヒールでの自分軸の確立や

美学を通じて世界観を造りあげることは

大きな助けになるし、より理想の本来の自分に

近づけることにもなるのだと思う


いつか将来に

もしかしたら結婚して

或いは生涯のパートナーとなって

今述べたことが、もっと説得力を持って

実感が込められて

綴れる日が来るかもしれない


そんな日もまた

楽しみにしていたいと思う


ハイヒールが教えてくれた大切なこと

 


今回の旅行は私の一つの挑戦もあった

それはハイヒールで来ること


ハイヒールだと当然ながら

たくさん観光したり街歩きをすることは難しい

そもそも旅にハイヒールは

なかなか相容れないものだと思う


だから、敢えてハイヒールで来た

というのも、今回の旅の目的は

観光でも街歩きでもない


落ち着いた場所でゆったりと過ごすこと

心地の良い場所で時間を気にせず

自分の好きなように過ごすこと


だからたくさんは歩かないし

そんなに移動もしない

だからハイヒールでも大丈夫

・・・のはずだった


どうしても行きたいハーブ園があり

以前も来たことがあるから大丈夫だと思い

訪れたが、正直、結構大変な思いをした


一番大変だったのは坂道

上りは平気だが、下りが本当に危なくて怖い

ここはハイヒールを諦めて来たほうが良いと

痛感した

来てみて分かったので良い経験だった


ハイヒールを基準に訪れる場所を選ぶと

自ずと歩きやすい場所、舗装された道になる

あまりたくさん移動したくないし

何となく美しい場所を歩きたくなる


つまりハイヒールは、そういう場所にこそ

似合うものなのである

芸術性、女性らしさ、美しさ、ラグジュアリー

そういうイメージが似合う靴なのだ


以前の私は旅行に来たら

欲張って、あそこもここもと

色々と訪れたり、歩き回っていたのだが

そうではなく、ハイヒールで来るのなら

ハイヒールに似合う過ごし方を

するべきなのだと思ったのだ


そして贅沢かな、と思ったけれど

移動はタクシーを使ったり

ゆったりと過ごせそうな場所で

休憩する時間も多く取った


けれど、そのように過ごしてみて

本当に心地良いと感じられた

旅行に来ても、必ずしも観光しなくても

良いと思えた


因みに、ハイヒールで歩くことは

スポーツそのもの

全身の筋肉を使って歩くので

(けれど、旅行中の歩き方は恐らく酷い

ものだったと思う・・・と反省だが)

歩いた距離の割にはかなりの運動に

なっていたと思う


崇高な場所へ訪れるために

ハイヒールを履いて行く

贅沢をするなら、それをとことん楽しむ

ハイヒールが似合う素敵な場所で

心地良い時間を思いきり楽しむ

それがハイヒールでの過ごし方だ


人と違う歩みで構わない

今の私にはそういう過ごし方が

しっくりくるようだ


ハイヒールが教えてくれた大切なこと

これからの私の生き方にしていきたい


素敵なホテル滞在での考察

 


本日は素敵なホテルに来ている

二年前、同じホテルに来たときに

次はワンランクアップのルームに滞在すると誓った

本当は昨年来たかったが、二年越しとなった

けれど望みは叶った


私の家は特に裕福ではないけれど

子供の頃から、所謂高価なもの、贅沢なものが

好きだった

遊園地よりクラシックコンサートに行きたかったし

たまに近所のレストランに連れて行ってくれる時でも

外食だから、とおめかしして行く様な子だった


私は自然とラグジュアリーな世界に惹かれていたが

周りにはあまりそういうことを

理解してくれる友人もおらず

それに、それは自分がそうではないから

ただ無いものねだりで憧れているだけ

なのだと思っていた

お金持ちでも無いのに、そういうものに

惹かれる自分は恥ずかしいとも思っていた


けれど、一つ分かったことがある

それは、例えお金があっても

そういう世界が好きではない人が

いるということ

当たり前、と言われれば確かにそうなのだが

でも私は実はこれをずっと疑っていたのだ


高価なホテルやレストランの

一流のサービスと背筋がピンと伸びる空気感

そこに滞在する人々

そういう空間の中に身を置くことが

何とも言えない心地良さを感じる


だから例えばこういう場所に連れて行ってくれる

プレゼントしてくれる、というのなら

心から嬉しい


けれどそうではないという人がいると知った

そういう場所はとても緊張してリラックスできないので

例え連れて行ってもらえるとしても

特に行きたいとは思わない人が

いるのだと知った

恥ずかしいのだが、私は本当に井の中の蛙だ


そうか、それならば、私は一概に高いから

そういう場所が好きというわけでは

ないのかもしれない、と思った


私が好きなもの、惹かれるものが

ラグジュアリーなものだった

結果的に高価なもの、贅沢なものだった

そう思えたとき、初めて私はこういうものが好き、と

周りに堂々と言えるようになった気がした

ごく最近の話である


自分がお金のエネルギーに負けていた

そんな気がした


今回、ワンランクアップのルームに泊まれたのは

確かにその分お金を支払っているからだが

実際にはエネルギーの問題だと思った

それが今回よく分かった

自分がそのエネルギーにいないと

その場所に結局はいられないのだ


そして当たり前だが

まだまだ私には手が出ないレヴェルは

やはりそのエネルギーにいないのだ

けれど、私はそのエネルギーを出せる

周波数に持っていく方法を知った

だから、必ずそのレヴェルに行けるのだと思う


しつこいようで申し訳ないが

昨日の動画セミナーを拝見してから

ホテル滞在できて本当に良かった

私は今、とても幸せである


明日は満月

しかも魚座満月は私の星座

豊かで大きな満月になりそうだ


今の私の周波数なら

もっと豊かで幸せで愛に溢れる人生を送り

周りの人に感謝をし、世界が平和になるのではないか

と思える


この瞬間を大切にしたい


豊かで幸せな人生

 


動画セミナーの最終章を拝見した

最後はフィナーレに相応しい

とても希望に満ちたものだったと感じた


全てを拝見をし終わった今、

もう豊かで幸せな人生しかない

そう思う


自分の潜在意識と宇宙の法則と

思考と感情と

全ての仕組みを知り

とにかく、全部全部

今までを総入れ替えだ

或る意味、生まれ変わりなのかもしれない


これから変わっていく自分の人生に

期待をしていきたいと思う


Asami先生、そしてこの素晴らしい

動画セミナーのきっかけをくださった

Maglie様、本当にありがとうございました



似合うをコンロトールする

 


秋になり、ファッションやメイクを

変えてみたくなる


最近、パースナルカラーを元に

その人に似合う色のファッションやメイクを

教えてくれたり、紹介するようなサービスも

増えている


私も以前、興味があって診断してもらったことがある

私のパーソナルカラーでは

秋に多い赤やブラウン系は苦手な色とされており

色選びが難しい


診断後は私も自分に似合う色を意識して

それに合わせて、なるべく服やコスメを選ぶようにしていた

自分に似合わない色を身につけるのは

おしゃれではないと思っていた


けれど、最近はその考えも変わってきた

この季節ならではの色合い、おしゃれを楽しみたい

自分に似合う、という以上に

自分が身につけたいものを纏いたい

自分の魅せ方を色々と楽しみたい

そう思うようになってきた


似合う、に自分がコントロールされるのではなく

自分が似合うをコントロールする

そういう気持ちでありたいと思う


それに、似合う、とは意外にも

その人の内面からのエネルギーや

オーラ、存在感でどうとでも変化するように思うのだ


だからファッションモデルは様々な服を着こなすし

役者も自分で役を取りに行き、役になりきる

美しい人と思われる為に、自分の意識やエネルギーが

まず主体であるべきなのだ


もちろん、元々の肌の色や骨格を意識し

上手に取り入れつつ、でもそれ以上に

なりたい、ありたい自分、魅せたい自分を

意識することが大切なのではないだろうか


因みに、私は深紅もあまり得意な色ではないのだが

エネルギーを感じる赤は、やはり大切な色で

取り入れるようにしている

これも自分の魅せ方次第で、味方にできると信じている


何事もそう

自分の想いやエネルギーは必ず人に伝わる

だから、自分の見た目に左右されずに

内面からの意識で外面をコントロールし

魅力的な人と映るよう

自分に自信を持っていくべきなのだ


過ごしやすく今だけの短い美しい季節を

楽しみたいと思う


私も周りも豊かで幸せな世界

 


自分の豊かさや幸せの先に

自分以外の方の豊かさや幸せがあるといいな

そういう感情が生まれてきた


自分のことに一生懸命になっていると

自分のことしか考えられない

けれど世界も自分が創り出したものなら

周りの人も豊かに幸せになれば

自分の幸せは何倍にもなる


けれど人の幸せ為に自分を犠牲にする必要はなく

それは、結局は誰も幸せにすることではないのだろう


私は自分も笑顔でいたいし

周りの人も笑顔でいてほしい

そういう世界にいたいのだ


その為には、でも結局は

自分の人生に一生懸命になること

自分の幸せ豊かさを追求することが

大切なのだと思う


自分に嘘をつかず

本気で本音で生きて

自分がどうなりたいか

自分がどうありたいかを見つめ

立ち止まらず動きながら考え

そして自分を信じていたいと思う


この一週間は遅い夏休みを頂き

長い旅行はできないが

家族と会ったり

小旅行に行ったりと

ゆっくりと過ごす予定だ


何となく、今までの自分と

これからの自分を見つめる

良い期間になりそうだ


自分の豊かさ幸せが

世界中の人の豊かさと幸せになるように願って


ハイヒールの哲学は最高の健康法で美容法

 


私は元々ハイヒールが好きだった

けれど、もちろん正しくは履けていなかったし

脚も足も痛くなるのを承知で履くものだと思っていた

美しさに痛みはつきもの

そう思っていた


そして、ハイヒールを履くには

筋肉が必要とはもちろん分かっていたけれど

だからこそ、私のように筋肉が無い人間は

筋肉をつけてから、そしてO脚を治してからでないと

履くのは難しいとも思っていた


そうでないと余計にO脚になったり

体にも負担になってしまうと思っていた


ハイヒールの哲学では

踵から着地をしない

母指球に体重を乗せ、脚の内側の筋肉を使う

膝を思いっきりプッシュし

脚の間に隙間を作らない

腹筋、背筋、ヒップの筋肉を使い

デコルテを開き、肩甲骨を寄せ

背中は反らせずに、頭はプッシュ

腕は振らずに、指先まで意識する

全身の筋肉を使うスポーツ


そしてハイヒールを履く前には

ストレッチと素足のエクササイズ

これらを続けることで

O脚や腰痛、肩こり等様々な体の症状は

改善される

もちろん適切な箇所に筋肉もつく


つまり、私が思っていた

筋肉をつけてからでないと、や

O脚を治してからでないと、は

前提ではなく、過程で解決してしまうのだ

そうであるならば、一刻も早く

始めない手は無い


私は本当に醜い肩こりに悩まされていたが

今はずいぶん良くなったし

そんなにひどい状況になることもない

筋肉もついたし、脚のラインの変化は

以前にも綴った


コロナで外出が減った方は多い

そういう方に多く聞かれるのは

運動不足になったということ

そして太ったや筋肉が落ちた等

不健康を嘆く言葉も聞かれる


私はどうかというと、全く逆だ

ハイヒールの哲学のおかげで

運動嫌いの私は逆に健康になった

そしてこれも以前綴ったが

食べる量は増えた

それなのに少なくとも見た目は

前より太ったという感じはないと思う


ストレッチと素足のエクササイズなら

特別な道具は何もいらない

外泊先でも出来るのだ


こんなに素晴らしい運動が

他にあるだろうか

最高の健康法ではないだろうか


そうは言っても

私ももちろんこれらが出来ない日もある

それに一日二日で出来るような

容易いものではない

まだまだ学んでいる過程なので

知識も技術も未熟な部分がたくさんある


それでもやる価値はある

何故なら最大の効用は健康の先に

美しくなれる、ということがあるから


ハイヒールは美しい

履いている女性も美しく見える

歩く姿は更に美しいオーラを纏える

ハイヒールで歩いている方が

美しい女性となるのは絶対だ

最高の美容法ではないだろうか


ハイヒールの哲学で

最高の健康法

最高の美容法を手に入れ

いつまでも生き生きと

自分らしく生きていきたい


ハイヒールの哲学を学んで変化した

私の価値観

これからも私の基盤になる

価値観である

いつの間にか、叶っている

 


新入社員の頃

私は全国に支社がある大企業に勤めていて

しかも本社の綺麗なオフィスに勤務していた

いわゆる綺麗な女性が多く

周りのハイヒール率も

私の人生では一番高かったと思う


社会人になったばかりで

見るもの全てが新鮮で

しかも都会のど真ん中で、綺麗な働く女性たち

ハイヒールはやはり美しい女性にぴったりだと

その頃にハッキリと確信していた


ハイヒールのみならず

メイクをし、ネイルを施し、ワンピースと

アクセサリーを必ず身につけている周りの

女性たちは、私の何年後かの憧れの姿でもあった


それから10年以上が経ち

気付けば私が憧れていた彼女たちの年齢を越した

そんな今の私はどうだろう


ハイヒールを履き

メイクもネイルもワンピースも

当たり前のように身につけている

そう、気付けばある意味

憧れは叶っている今の自分がいる


東京のど真ん中の綺麗なオフィスという

環境とはだいぶ違うが

私自身のいわゆる当時思い描いていた女性像は

叶っている姿である


いつの間にか、叶っている


だから今の私が思い描く姿も

何年後かにいつの間にか、叶っている

そう思いたい

いや、そうなのだろうと思える


もう3、4年前になると思うが

当時の会社で部署の唯一の女性の先輩であった方と

久々にお会いした時に

「綺麗な女性になったね!」と言ってくださった

今の私からすると、幼すぎて

とても成熟した美しい女性とは程遠すぎるのだが

その先輩が知っている当時の私からしたら

ずいぶん変化していたのだろう


けれど、もし今お会いしたら

きっともっと良い意味で驚いてもらえるだろう、と

今は自信を持って思える


もちろん、まだまだ成熟した美しい女性とは

程遠いが、ハイヒールの哲学を学び

美学のコーチとなり、それからの変化は

それまでの数年の変化より遥かに大きいと

自覚して思える


憧れの美しい先輩の彼女に

ふと、会いたくなった

自信が無い頃からの私を知っている女性

今は自信を持って

彼女に会いに行けるような気がする



自己を解放する -官能美-

 


私は解放する、ということが基本的に苦手だ

そう自覚している

どこかいつも制限している自分がいる

ここには根深い潜在意識があるはずだ


それでも以前よりは解放できるようになった

以前は、人前で崩れたり乱れたりしてしまうことが

とても嫌だったし、絶対にそうならないように避けていた

或いは心の内を話したり、そもそも自分のことを

話すのが苦手だし嫌だったので

仲良くなるのにも相当時間が掛かった

そして、何より自分を解放することが怖かった


その奥には自分が嫌いだった、という過去があるのだが

やはり自分と向き合い、受け入れていかないと

自己を解放することは難しいと思う


美学の官能美コースが始まった

私は楽しみでもあるが、正直、怖いという気持ちもある

自分の潜在意識とかなり向き合うことになりそうだ


私にとって官能美は縁がないものと思い込んでいた

例えば、上品とか繊細とか、そういう言葉は割と親しみがあるとしたら

官能とか色っぽいとか、そういう言葉なかなり遠い存在の言葉


けれど、苦手意識があるからこそ

やりがいもあるし、更に自分と向き合うチャンスとなる

課題も私にとってはなかなか難しいものではあるが

ここは解放の意識で、怖さ恥ずかしさも乗り越えて

取り組んでいきたいと思う


そして、特にこの国において

官能ということに対して周りが良い顔をしなかったとしても

そう、そこはもう周りを気にしない

大切なのは自分自身、そこは譲らない


コースを終えた時の自分の変化を楽しみにしたい


社会の常識で生きないと決めた

 


今日は少しエネルギーが軽くなったように感じた

昨日の出来事は私の厄落としだったのだろうか

やはりコンサルティングを始めてから

こんな私にも様々な出来事、変化が起こっている


今日はハイヒールに足を入れた際に

母指球にきちんと体重が乗せられる感覚があった

不思議だが、エネルギーが軽くなると

迷いなく母指球に体重が乗せられる感覚になる


心と体は繋がっている

だから心に迷いやモヤモヤした感情を抱えていると

それは体に表れて、例えば母指球に体重が

乗せ辛くなったりもする

そう感じる


今日は何となく、私のハイヒールを見ているのではないか

と思うようなシーンがあった

以前の私なら、そこにネガティブな感情を抱いてしまうが

今の私は違う

「かん子ちゃん」を発揮した

(かん子ちゃんを知りたい方はぜひ動画セミナー

ご覧頂きたい)

だから、ネガティブにならず自信を持つことができた


私はまだまだ自分の可能性を信じていないように感じた

勿論、謙虚さは大切だが、自分を信じて

もっと様々な角度から自分を見つめて

自分の思い、願望を許可したいと思った


やはり、この社会の常識、ルールに縛られていたのだ

ということに改めて気付いた

こういうことに気付けることさえも

以前の私からしたら成長なのだと思う


本当に多くの人が、少なくとも私の周りの殆どの人が

社会の常識で生きている

まぁ、当たり前だろう

けれども、私が望む世界は違う

だから、周りの人と合わなくなっても

そしてその結果会えなくなっても

仕方が無いと思った

そう思えるようになった


そしてきっと新しく会える人もいる

全ては自分次第だ


そしてどんなときもハイヒールと

美学を相棒に、自分の人生に起こる様々な出来事を

楽しんでいきたいと思う


浄化の15分

 


今日はハイヒールレッスンだった

私の体の調子は悪くないと思っていた

けれど始まって暫くし、何となく違和感を感じた

体が思うように動かないどころか、何だか息苦しくなってきた

そして通常より早い段階で半端ない汗を描き始めた


一瞬、体調が悪いのかと思ったが、そうではない

けれど何かがおかしい

このまま続けるのはどうしても無理だと思い

Asami先生に申し訳ないと思いつつ、休ませていただくことにした


ゆっくり休んでリラックスするよう

仰っていただき、その後15分、そのまま

呼吸だけに意識を向け仰向けに横になった


するとどうだろう

あろうことか、暫くして涙が溢れ始めた

止まらなくなって、そのまま私は涙を流していた

何かがどっと私の中から流れ出てきたようだった


そしてそれも暫くして止み

その後は、何かがすぅーっと引いたように

穏やかな気持ちになった

また呼吸に意識を向けた


15分が経った


私は起き上がり、浴室に向かい

浴槽にお湯を溜めた

アロマオイルを入れて香りで満たした


たっぷりのクレンジングで顔を洗い

たっぷりのシャンプーで髪を洗い

たっぷりの泡で体を洗った


お風呂から上がり

私はだいぶリラックスした気持ちだった

体調が悪かったのだろうか、と

試しに熱を測ってみると

確かに平熱よりはやや高めだったが

大したことはなかった



知らず知らずのうちに

ちょっとした違和感、モヤモヤが

溜まっていたのかもしれない


無意識のうちに世間の常識で判断してしまい

自分の心の声を蔑ろにしてしまう

でも恐らく、そのギャップに以前より

敏感で苦しくなってしまっている

そんな気がする


そして、そう言えば、と先ほど

思い出したことがあった

それはちょうど昨日の出来事


私はある場所へ出掛け、そこで耳にする会話

人の様子、場所に漂う空気

そこに明らかに違和感を感じた

そこはどちらかというとリラックスできるような

場所のはずなのに

私にとってはそうでなかった


というのも、同じ場所で明らかにリラックスしたり

楽しんでいる人もいる

けれど、私にとってはそうではなかったし

嫌、という訳では無いが、私が居たい場所ではない

そういう感覚をはっきりと抱いた


以前訪れたときは悪くないと思っていたが

もう、今後行くのは止めようと思った


昨日からのことで明らかに言えるのは

自分の感じた違和感に目を逸らしては

いけないということ


以前の私なら、それは世の中では良しとされていること

違和感を感じるほうがおかしいんだ

そう思って、無理やり自分を奮い立たせたり

頑張らせたりしていた


けれど、もうそれは止めよう

本当に、止めなくてはならない


今日は動画セミナーの5回目だった

やはり、今の私に必要だったもの

これはいつもいつも、私のヘルプの時に

処方箋のように届けてくださる


ハイヒールの哲学

美しさの哲学と共に

私はこの動画セミナーも

自分の中に入れ込んで

人生を変えていきたいと思った


今日はまた、私の呟きのような内容でしたが

お読みいただきありがとうございました


素足のエクササイズの大切さ

 


ハイヒールを履く前に大切な

素足のエクササイズ

これをやるとやらないとでは

ハイヒールを履いたときに全く違う


素足のエクササイズをやらずに

ハイヒールを履くと

まず母指球に体重がきちんと乗せられない

軸も定まらずにフラフラした歩きになってしまう

体重が足の外側に流れ

脚の外側を使ってしまうことになるし

腹筋や背筋にも意識が入りにくいので

背中が反りやすくもなってしまう

デコルテや肩甲骨の意識も同じである


素足のエクササイズはスポーツで言うところの

ウォーミングアップ

これをやらずして、いきなり

ハイヒールで歩いても

正しく歩くことはできない

どこの筋肉を使うのか

どこの筋肉を意識するのか

それをきちんと把握するために

欠かせない工程なのである


私は最初の頃は、あまりその重要性が実感できず

とにかくこれを行うだけでも疲れてしまって

到底ハイヒールを履くどころではなかった


けれど続けているうちに

少しずつ筋肉の意識、体の使い方が

分かってくるようになり

これを行うと行わないとでは

ハイヒールを履いたときに全く違うと実感した


日によって体のコンディションは違うので

上手く出来る日出来ない日があることは

自分の体の状態を知ることにもなる


素足のエクササイズの素晴らしさを

実感していても

やはり怠けてしまう日もある

私は怠惰な人間なので

朝やらないと絶対にやらないので

強制的に朝やるようにしているが

寝起きの体にはなかなかハードな運動


そもそも体が硬いので

ストレッチから大変なのだ

でも、それでも、やはり続けてきたことで

少しずつではあるが体の変化を実感している


母指球に体重を乗せるって何?から

今日は母指球に体重が乗り辛いな

そこまで意識を向けられるようになった


そして、これはハイヒールの哲学

ならではなのかもしれないが

素足のエクササイズを集中して行っていると

精神がグッと起こされるような

ピリッとした意識が心の奥に入ってくる

自分のマインドを整えられる効果もあると

感じている


けれど私は、どうしても体が辛いときは

部分的に行ったり、或いは

休んだりするようにもしている

そうすることで長く続けられるし

次に行うときに、行わなかった分の体の変化や

改めて素足のエクササイズの素晴らしさを

実感したりもするもの


そしてやはりハイヒールで正しく美しく歩く

その為の過程と思って

その自分を想像しながら行うことも

モチベーションになる


素足のエクササイズを知らなかった自分には

もう戻ることはできない


自ら波動を上げる

 


低い波動に持っていかれそうになった

意識をしていないと、すぐに持っていかれそうになる

少し疲れているのだろうか

一つ嫌なことが目に付くと

次々に嫌なことばかり目についてしまう


そういう時は呼吸に集中する

とにかく頭の中が喧しくなっているので

一旦全部脇に置いて、とにかく呼吸だけに

意識を向けてみる


落ち着いてきたら、やはり高い周波数のものに

触れることが一番


Asami先生の影響もあるが

モナコの映像や写真を見ていると

何かとても崇高なエネルギーを

もらうような気がする


Asami先生のモナコ滞在や

YUKIKOさんのLive Lessonを拝見していると

モナコに惹かれる自分がいた


今の私とあまりにも違う世界

けれどそのエネルギー、周波数に触れることは

私にとって素晴らしい影響を

もたらしてくれるのではないかと思う


そして、プラチナコース

改めてこの素晴らしさを感じた

指先までの意識、そして自ら世界観を創ること

ここを意識したことで

自らエネルギーが湧いてきた


例えば通勤時の改札やエスカレーター

そういう場面でも指先まで意識する

そうすることでパッとエネルギーが切り替わる

波動が上がるのだ


自らの波動を上げることで

意識が変わる

思考が変わる

低い波動に持っていかれない


私はやはり高い波動に触れていたい

私の心が落ち着くと同時に

何とも言えない高揚感が込み上げる


そしてその高い波動と同調すべく

自ら波動を上げる

その為のプラチナコース

ハイヒールの哲学


周りがどうであれ

自らが波動を上げることで

どんな世界でも生きていける

そう信じて、自分を諦めない


美のエネルギーをアップデート

 


最近、声の哲学のモニターレッスンや

ハイヒールコンサルティングのアウトプットも

回を重ねてきて、私の中でどちらかというと

凛とした強いエネルギー

ブレない自立した女性

そういう意識が強くなっていたように思う


もちろん、これらはとても大切

美しい女性に必須のもの

けれど、同じように上品さ知的さ

大人としての余裕や麗しさ

そういう意識もとても大切である


少し涼しくなり、秋を感じられるようにもなり

夏の太陽のような強いパワフルなエネルギーから

少しシックでエレガントさを醸し出すような

エネルギーへシフトしていきたい

そんなことを感じるこの頃


秋は好きな季節

また巡る新しい季節に

自分の美のエネルギーも

アップデートしていきたい


美しくなる方法

 


美しくなりたい

女性なら誰しも思うだろう

私もそうだ

けれど、以前と美しさの定義が違うので

周りの多くの人が興味関心を抱くような

美しくなるための方法は

全く興味がなくなってしまった


例えばダイエット

体重に一喜一憂するようなことはない

そもそも毎日ストレッチと素足エクササイズを行っていると

朝から体が目覚めて燃えてくるので

いわゆる“燃焼系”になる

よく食べ、よく動く体


私は以前よりよく食べるようになったが

恐らくそんなに体重は変わっていないと思う

寧ろ筋肉がついて増えているかもしれない

体重よりは体型の方がよっぽど気になるのだが

それでもシルエットは以前より引き締まったと思う


本当に多くの人が体重を物凄く気にしているが

よっぽど体型を気にした方が良いし

どこに筋肉がついているかを見た方が

美しさの観点では大切


それに好きなものを制限するべきではない

私は好きなものは我慢しない

太っても食べられないことの方が

よっぽどストレスなので食べる

大好きなワインとチーズは我慢しない


好きなものを食べているときは

本当に幸せだ

その時にインスピレーションや良いアイディアが

浮かんだりもするものだ


日本人は本当に華奢なのに

揃いに揃って皆痩せたがる

でも、この気持ちは正直、分かる

私もかつてはそうだったし、いろいろな経験もあるので

また改めて綴りたいとは思うが

でもとにかく、一律に痩せたい願望は

美しさには必要ない、と強く言いたい


そして高い化粧品だから効果がある

美しいモデルの〇〇さんが勧めていたから

或いは口コミで良かったから

きっと効果があるに違いない、というもの

これにも関心がない


あくまで私が使いたいもの

自分のワクワク、高揚感を大切にして選ぶ

そしてブランドのエネルギーが感じられるものを

選ぶと、より一層その周波数に合わせられるので

自分を高めてくれる

美しくなれると思うのだ


ファッションやメイク、ヘアスタイルもそう

鏡に映る自分を見て

素敵だな、良いな、と思えるものを

身に纏ったり施すべきなのだ


私はナチュラルメイクばかりの職場でも

構わずバッチリメイクで出勤

そもそも、やはりメイクが好きなので

そこも高揚感になっているのだと思う


例えば流行りのファッションだから、とか

可愛く見られたいから、という理由でするものは

その人自信の美しさにはならないので止めた方が良い


共通して言えるのは

外側に判断基準を求めない、ということに

集約できると思う

美しくなりたかったら

とにかく、自分に目を向けて

自分に集中してエネルギーを高め

自分がなりたい、美しい自分を意識して

自分の好きやワクワク、高揚感を基準に

選択していくべきなのだ


そしてハイヒールや美学を身につけると

誰しも美しくなれるのである

何故なら、自分軸が出来て外側を気にせず

自分の人生を歩むことが出来るようになるし

世界観、オーラを創り出すことが出来るので

どんな人も自分の美しさを纏うことが出来る


美しくなる方法は自分だけが知っている

自分だけの美しくなる方法で

本当の美しさを手に入れよう



何を選択してもベスト

 


あることを選択するということは

他を選択しないということ

そのどちらの方が自分にとって良いのかは

選んだ自分が決めることでしかない


Aを選べばAを選んだ人生

Bを選べばBを選んだ人生

そのどちらもがベストなのだと思う

選ばなかったBを選んだ方が

Aより良かったのかもしれない、と思うことは

Aの選択に覚悟が無いのと

Aの良い面を見出せていないから


選んだAを自分にとってのベストに

していけば良いのだ


この教えは祖父が私に聞かせてくれたこと

私がちょうど成人する少し前に

このようなことを言ってくれた


それから時折選択に迷いそうになる時に

この言葉を思い出す


何を選んでもベストなら

何も怖がらずに、思うように

なんでもやってみれば良いのだ


もし失敗した、と思っても

それは良い経験と思って

経験できたことに、やはり自分にとっての

ベストだったと思えば良い


今日はふとそんなことを思い出した


この祖父は母方の祖父で

娘である母も、そして孫の私も

祖父が大好きだった

お酒と議論が好きで、世話好きで

皆から慕われていた


今はずっと暮らした大阪を離れ

私の叔父にあたる東京の息子夫婦の近くの

施設で祖母と共に暮らしている


そしてもう母のことも私のことも

誰なのかは分からない

大好きな本も読むことはできず

話すこともあまり良く理解できない


今はなかなか会えないけれど

ふと思い出し、会える時に会っておきたいと

思った

例え私のことが分からなくても

全てはベストと言ってくれた祖父は

力強く頼もしく感じるだろう


そして例えどれを選択しても

大変だと思うようなことが待っていたとしても

乗り越えられない選択肢はきっと

与えられていないと思う


何を選択してもベスト

このことを改めて心に留めておきたいと思う


美しさを指先から

 


少し涼しくなってきて

羽織りものや袖が長い服を着る機会も

増えてきた


そうすると、腕時計を確認するとき

袖を上げる必要が出てくる

こういう時こそプラチナコース


私もときどき、自分の指先が曲がっていることに

ハッとすることがある

意識をしていないと、やはり

抜けてしまうことがある


だから気付いたら、すぐに戻す

この繰り返しである

長年の繰り返し、何も意識せずに

行い続けていたことを変えることは

なかなか難しい

けれど、これを意識して変えることで

やはり人生は変わっていく


プラチナコースは所作だけでなく

そこにマインド、エネルギーを入れていくことに

意味があるのだが

私は、この指先の意識に気付いて直すことで

それがスイッチとなり

指先からエレガンスが創られていく

イメージを入れられる


そうするとやはり気持ちも変わり

エネルギーが湧いてくる

これこそ美しくなる、ということ


改めてプラチナコースが日々活かせるもの

そしてやはりその積み重ねが

美しさを創り上げていくのだと感じる



プラチナコースは美しさを内面から創り上げ

オーラ、世界観にまで拡げていきます

美しくなり人生が変わることをお約束します


愛する彼女へ

 


今日はある女性へ想いを綴りたい


彼女とは様々なことがあって

今、直接会うことは出来ない

仲が良くなったり、反発したり

私たちはいつもそんな繰り返しだった


ちょっとした認識の相違が

決定的な溝となってしまい

私達は絶交状態となってしまった

正確には彼女から関係を断たれ

私からの接触は断たれている


彼女の人生も複雑で

様々な困難や辛い出来事に向き合って

乗り越えてきた人生だった

そして今も、彼女は向き合い一つ一つ

乗り越えている最中とも言える


私達は全く違う考え方のところもある一方

とても似たもの同士でもある

そして私も同じように自分の困難に

向き合ってきた過去があるから

彼女の苦しみを理解できるところがある


例え今、彼女に会うことができなくても

彼女が私を憎み続けていたとしても

今日は彼女の為に幸せを願いたい


今日は彼女の誕生日

この世に彼女が生まれてきてくれて

私は姉になることができた


だから彼女には彼女の人生を生きて

幸せになってほしい

例え私達が上手くいかなくても

彼女が彼女の幸せな人生を生きることが

私の幸せだ


全ては自分

私が今見ている世界も、私が創り出したもの

それならば一人でも多くの人が

幸せでいてほしい


今朝、夢から覚めて驚いた

昨日の夢は、長らく見ていなかった彼女の夢

そしてその内容は

彼女が何気なく私に笑いかけ

全ては何事も無かったように私に話しかけたこと

宇宙からのささやかなプレゼントだと思った


人は想いが強ければ強いほど

愛も憎しみも感じる

どうでもいい人には想いさえ湧かない

そして全ての感情は愛を知る為にあるのなら

やはり彼女への想いは愛だ


心から幸せを願って

お誕生日おめでとう



声の哲学は人生を変える

 


声とは私たちが生まれた時からずっと

使い続けているもの

だから、声を変えるとは人生を変えること

そう言えるのではないだろうか


実際に、声の哲学を通じて声の出し方

話し方を変え、そしてそこに存在感やオーラを

加える訓練を続けていくと

人生は変わっていくと実感する


私たちは当たり前のようにこの声を出して

使っているので、何も改めてこの使い方を

直そう、変えようとは思わないものである

このままで何も不便は感じないだろうし

困ることはないかもしれない


けれど私たちは不便を感じなくても

自分の体に備わっているもので変えているものは

意外にある

例えばヘアやネイル、それにメイクだってそう

毎日必ず身に纏うファッションだって

ある意味そうと言うことができる


それならば、声だって変えれば自分自身の

見え方、そして生き方は変わるのである


あなたは、自分の声が好きですか?

私は、YESとは言えなかった

コンプレックスがあった

何か芯がなく存在感のない声だと思っていたし

話し方も幼稚な感じがしていた

だから、始めのうちは声の哲学で聞く自分の声が

嫌で聞きたくなかった


たかが声、されど声

本当にこの何十年使い続けている声を直すとは

思っている以上に難しい

けれど、そこに向き合い続けていくと

いつしか、ふと、変わる瞬間が来る


そして声が変わると、自分の軸が出来る

声にも話し方にも芯が出来るので

自信がついてくる

そうすると話すことも堂々と出来てくる

声もしっかりと出すことが出来て

人に聞いてもらえるようになる

自分の声が、話が相手に届くようになる

それは話の中身も届けられるようになる

ということ


そうする相手の印象も変わる

見方が変わる、評価が変わる

そして人との関係性が変わると

それは人生が変わると言えるのではないだろうか


声の哲学が人生を変えるとは

こういうことなのである


私は実際に人に対して以前より自分の意見が

言えるようになったし、そもそも声が

きちんと出せるようになったので

相手に話を聞いてもらえるようになったと

実感している

ちょっとしたことだけれど、この変化は大きく

仕事はやり易くなった


これからの時代、動画やビデオ等の

オンラインでの人とのやり取りの機会は

増えてくる

そうなるとより一層、限られた画面上の中での

声の存在感は大きくなる


「耳に残るは君の歌声」

ではないが、声が相手の記憶に残り

それがその人自身の記憶となって相手に残る

そういう役割にもなる


声の哲学は人生を変える


周りが気にならなくなった理由

 


以前より周りが気にならなくなったが

思えばその理由は2つあるように思う


1つ目は、自分軸が出来て、周りがどうであれ

自分は自分と思えるようになったこと

人は人、自分は自分、と比べない意識が

持てるようになった

生きていると様々な瞬間に、他人の目

世間の噂、暗黙の常識といったものに

惑わされてしまう


だが、こういったものは何の根拠もなく

自分よりそちらを信じる方がおかしいと気付く


自分の人生は自分のもの

自分に強く揺るがない自分軸が出来れば

周りがどうであれブラされることはなくなる


2つ目は、そもそも周りの存在に気付かなくなった

ある意味、鈍感になったのだ

周りを気にする、と言うときの周りとは

だいたい明確ではなく、ふわっとした

好ましくない存在が殆ど


そういうものが目に入らなくなってきた

自分に集中して、自分に意識を

向けられるようになってきたのである

すると、周りはそもそも目に入らなくなる


人は自分に重要でないものは見えない

見ようとしない

なので、本当の自分にとってどうでも良いことは

自分に集中すればするほど、どうでもよくなってくる

そして、自分が見たいものだけに

集中するようになる

これが理想である


少しづつこういったことが出来るようになってきたのは

ハイヒールの哲学のおかげであり

美しさの哲学のおかげであり

最近は動画セミナーも大いに影響している


ハイヒールはブラされない自分軸が体の軸に

そのまま当てはまり

体の軸がしっかりと確立されることで

しっかりと自分の歩みを進めることが出来るし

全身の筋肉を使い正しく歩くことに集中するので

周りに気を止めている暇はないのである


美しさ、自分の世界観を持つことは

自分だけの魅力を知って表現することであるし

そこ集中すると、自分の世界がどんどん広がり

自分が見たい触れたいものばかりが

目に入ってくるようになる


そして動画セミナーを見ていると

全ては自分次第、主観でしかないと知り

周りというものがいかに幻想かと分かる

けれど潜在意識は根深すぎるので

こちらはまだまだ何回も見直して

自分の思考回路を一から鍛え直していく必要がある


全てが相乗効果で私を良い方向へ

いや、本来の方向へ導いてくれていると思う

この恩恵をもっと自分の中に落とし込み

循環していけるようにしていきたいと思う


豊かな一日

 


今日は思わぬ豊かさを受け取った

豊かさを感じた一日だった


豊かさとは何だろう

愛を感じること

幸せを感じること

満たされているという感覚

恐怖や不安が無い、安心安全な環境


豊かさを感じるとき

とても心に余裕がある

時間がゆったりと流れる


本当に自分の意識次第で

世界は変わるのだ

世の中の常識や正義、正しさは関係ない

自分の心地良さ、満たされる気持ちが

何より大切だ


最近は小さなことに豊かさ、幸せを

見出すことを意識している

もしかしたら今日はその恩恵の

思わぬ豊かさのギフトだったのかもしれない


もしかしたら、以前よりほんの少し

宇宙に近づけたのかもしれない

魂の声に敏感に耳を

傾けられるようになったのかもしれない


様々な形で現れる豊かさに敏感になり

本当の意味で受け取れることが

また豊かさを生み出せることにも

繋がるのだと思う



「ありがとう」と豊かさ

 


今週は別れ、そして出会いが続く


一昨日、退職した女性がいる

私は人事業務に携わっているので

その彼女の採用面接に立ち会っていた


面接時から、お人柄の良さが表れていて好感が持てた

けれど業務では時に対立してしまうようなこともあり

いつも良い関係を築けたわけではなかった

特に、辞める直前は様々なことから

決して風通しが良いわけではなかった


最終日、彼女は一人一人挨拶に来てくださった

そして私に対してこう言ってくれた


面接時の私の感じが良かったから、この会社に決めました

最後まで本当にありがとうございました、と


嬉しく涙が出そうだった

色々なことがあっても、最後にこういうことを言える彼女は

本当に温かで懐の深い方だと思った

幸せな気持ちでいっぱいだった


そして本日、後任の新しいメンバーを迎えた

彼女は面接時には立ち会うことが出来ず

入社までの手続きでメールのやり取りはしていたが

実際お会いするのは本日が初めてだった

周りを明るく楽しませてくれるような雰囲気の女性だった


彼女は書類を手渡しに私のところへ来て

こう言ってくださった


メールで直ぐに内定を頂けたのが本当に嬉しかったので

この会社に決めました

入社までも余裕を持って準備出来ました

ありがとうございます


とても嬉しかった

私には決裁権はないので、内定が決まったことを

直ぐに伝えたまでだが、でもそこを受け取って

感謝を伝えてくださったのだ

彼女の素敵なお人柄を感じた


ありがとうという感謝の言葉

これは本当に豊かで愛に溢れる言葉だと思った

そしてこのお二人が発せられた際には

そこに言葉通りの気持ちが

真に込められているものだった


感謝を受け取るとは

豊かさを受け取ること

そしてその気持ちにはエネルギーが乗る


人との関係の中で

感謝の気持ちは生まれる

だから人間関係は厄介でも美しいのだ


私が人との関わりが好きなのは

このような理由からかもしれない


そしてこの豊かな気持ちを

やはり循環させていく必要がある

受け取った豊かさ、感謝を

また私も誰かに与えていく

その繰り返しで世界は豊かになる


あ 相手に対して

り 理由がなくても

が 頑張らずに

と どんなときも

う 生み出せるもの


ありがとうの感謝を

もっとたくさん与えられる人に

なりたいと思う