2021/06/09

効果を実感した声の哲学

 


実は、声の哲学で綴りたかったことがある

これは、効果を実感してから

綴ろうと思っていた


声の哲学を実践し始めた頃

実はまだ私の中に思い込みがあって

この方法が出来たらそれは素晴らしいけれど

一方で、この日本で私の環境で行うのは

なかなか勇気がいるし、私の印象が変わって

やっぱりおかしいと思われはしないか

などという感情も少なからずあった


それでも課題でもあるし、とにかく

3回に1回、5回に1回でもいいから

続けてみようと行っていた


始めやすいのは朝の挨拶と

電話対応の最初の一声

とりわけ効果を実践したのは電話

「〇〇会社でございます」

これを声の哲学を使って言う


すると、どうだろう

相手に何か落ち着いた印象

威厳のある印象を与えたのか

営業電話だったにもかかわらず

「お忙しいところご対応いただき

ありがとうございました」

と最後にはお礼まで言われてしまった


断り方、文言は変わらない

ただ電話の最中、ずっと声の発し方を

声の哲学を意識して行っていただけだ


よく断るときに、女性に多いのだが

謙って声のトーンをかなり上げて

申し訳ありません、を繰り返す人がいるが

あれは逆効果だ


声の哲学を使って声のトーンを下げ

落ち着いて喉を開けてお腹から声を出すと

相手に威厳が伝わる

そうすると相手もこちらに従うしかない

というような感情を持つのだと思う


私の場合、一社員であるにも関わらず

マネージャーであるかのような印象を

与えたのかもしれない

作戦成功、と言える


なぜ電話が取り組みやすいかと言えば

もともと多少畏まった発声になるので

普段と違う声になっても

おかしいと思われにくい

寧ろ丁寧さが増す印象さえ

聞いてる周りに与えるかもしれない


そうして電話で慣れてきたら

普段にも取り入れやすくなる

落ち着いた印象は相手から良い意味で

一目置かれる

会社では寧ろ声の高いかわいい感じより

ずっと馴染む環境なのだ

信頼感も生まれる


やはり難しいと思っていた職場でこそ

実践すべきところだった


まだまだ忘れてしまうときももちろんあるが

これからもこの声の哲学の効果を

実感したそのときのことを思い出し

続けていきたいと思う


2021/06/08

一年前、一年後

 


一年前の今日、私はお昼休みに

iPhoneを握りしめていた

体調不良があまりにも酷くて

とにかく何とかしてほしい、その一心で

鍼灸院に予約をしていた

肉体的にも精神的にも辛く

このまま暫く仕事を休まないといけないかな

そう思っていた

自律神経失調症には鍼が良いと聞いたので

暫く通い、そのおかげでその後

体調は少しずつ改善していった

まさに梅雨時のどんよりした空の日だった

私の梅雨嫌いの一つの理由でもある


一年後の今の私を

そのとき想像できたはずがない

この一年は色々あったし

まだまだ不調になってしまうこともあるが

今の私は一年前とは全然違う

少なくとも肉体的にも精神的にも

ずっと強くなった

前向きで自信もついてきた

自分を認められるようになってきた


だから一年後の自分は想像できない

ここにいるかも、何をしているかも

それくらいのレヴェルで

変わる可能性だってあると思っている


まだまだ過去の私が足を引っ張る

けれど前を向いて自分が望む未来に向けて

突き進んでいきたい


一年後、また今日の私を

どんな気持ちで振り返っているか

楽しみでもある


2021/06/07

声の哲学

 



私は声にコンプレックスがある

美学のレッスンの中には声の哲学があり

ここで徹底的に自分の声に

向き合わなくてはならない


コンプレックスだからこそ

向き合って乗り越えたときに自信になる

そう改めて感じた


嫌だけれど自分の声を録音し

聞いて確かめて実践する

この繰り返し

これが結局一番の近道だと思う


声の哲学を習得すると

自分の発する言葉にも自由が生まれる

これは伝えるのが難しいのだが

自分の内側から発するもの

それは自分が創り出したものであり

当たり前だが自分自身のものである

それならば自由に扱って良いのである


何が言いたいかというと

どこかで言われている言葉を

借りてきたように薄っぺらく発しているうちは

自分の声、言葉ではない

そういう感覚が生まれてくる

声、なのに言葉への意識まで

生まれてくるのである


これは何もいつも自分で言葉を創り出せ

という作家のようなことを

求めているのではなく

発する言葉に自分の思いを込める

ということ

結局ここもプラチナコースにも繋がる

世界観である


声の世界は深い

日本語を決して否定するつもりはないが

どうしても日本語だけを発していては

声に深みが生まれない

それはそういう言語だから仕方ない


声を変えたかったら

英語やフランス語を音読してみることを

お勧めする

声の哲学ではテキストはフランス語だ


語学が全くダメの私が

声の哲学のスイッチが入ったのは

やはりフランス語

日本語の当たり前は全く通用しない

これが出来るようになると

当たり前だが世界は変わるだろう


声に今だからこそ改めて向き合う

声によって得られる印象は

何倍にも違うはずだ

コンプレックスを超えて

自由に自信を持って

自分の言葉を発していきたい